知覚不可能の証明

今日見えたアークトゥルスは36.6光年先にあり、36.6年前のアークトゥルスだ。1光年は9兆5000億kmなので、347.7兆km離れている。

我々が見ている月は1.3秒前の月であり、太陽は8分前の太陽だ。視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚はすべて電気信号に置き換えられた情報であり、光の速度の限界を超えられない測定手法である。

人間が認識している現実世界はすべて光の速度を上限とした推定情報ということになる。

目の前で見ているルノワールの絵画は、現実には見えていない。触れたとしても、触覚が電気信号に変えられ、脳に到達するまでのわずかな時間の誤差がある。

もしかりに光の速度を超える認識方法があるとしたらそれはなんだろうか?

音の速度は約340m/秒で、色、電磁波、温度、赤外線や気配(準静電界)はすべて光の速度である30万km/秒に応じる。

人間の意識や感情がすべて光の速度を限界とした認識システムなのだとしたら、

光の限界を超越した現実世界の認識方法は果たして存在するのだろうか?

おそらくそのような感覚は五感で感じ取ったり、言語化することは不可能であり、複数の電気信号を組み合わせたコンセンサス的な認知方法で類推するところまでは可能かもしれない。

類推を超えて、同時存在していることを知らせるシステムはあるのだろうか(重力?)

その力学がもしあるとしても、それはおそらく数学的には証明することは不可能であると証明されるだろう。

人間が自分を自分と認識するシステムは光の限界の内側にある。

宇宙に時速30万km/秒以上のスピードで膨張している部分があるとしたら、その部分は観測不可能である。ビッグバンは起こっていないのかもしれない。

重力が時間と空間を超越した概念だとすると、過去と未来は同時に存在していることになり、

過去の思い出を思い出すのと同じように、未来の思い出も思い出せるようになるに違いない。