Theory

なぜか今日は西側がきになる。そしてきになるポイントは少しずつ動いている。

そこがぼーっときになる。

なんとなくみていて飽きない。そして鼻の奥で見ている感じだ。

首が座るかのようにしっくりくる。

赤ちゃんがぼーっと空間を眺めているような感じだ。

下にも、上にも、晴れでも雨でも、昼でも夜でも、その方向には何かがある。

それは一体なんなのだろうか。

ものすごいスピードで動いているものすらある。

縦横無尽に、法則なく動き回るものすらある

子どもがいろんなものを出したり散らかしたり壁に書いたりするのはこのためだ。

そのものとの通信に成功すれば、やろうとしていたことが実現される

まず欲することにより、その通信ははじまり、自由であることによりその通信は完成する

そのチャンネルはずっとあったのだ。しかし自らが閉ざしてしまっている

なにかを食べて感動するとき、それはその方向にあるなにかと通信をし、暗号解読に成功したときの喜びなのかもしれない。

動物や子どもがカメラを向けられたとしても、何かに夢中でレンズを見ない理由はここにある。

自転と公転と宇宙の流転によってもたらされる場所の移動が過去から未来なのだとしたら、過去は向こうの方にあり、未来はすでに向こうの方にあるのかもしれない。

未来のことや、過去のことを思い出そうとしたら、その向きに向いて、鼻の奥のほうでサーチするのは面白い。