KNUD

あなたのための物語は書けない。それが真実だ。なぜ、みな誰かのための何かについて話しているのだろうか。

もし想像以上に誰かに感情移入してしまう場合、何かのヒントだろう。

その本意は恐怖なのだろうか。

その人がいなければ自分の命が危険に脅かされてしまうとき、人は相手への想いを表現してしまうのであろうか。

人の目を見て話すということは本当に必要な動きだろうか。目を見るということは支配を試みるということではないだろうか。

もしくは支配を受け入れるということではないだろうか。

なにを恐れているのだろうか。

なにを欲しているのだろうか。

好意という表現の裏側には悪魔が眠っている可能性が高い。

幻想との肘のぶつけ合いはまやかし以上に魅力的である。