Air

ときおり、誰に語りかけているのかわからなくなる時間帯がある。

相手なのか、自分なのか、壁なのか、地面なのか、

音を自然にコントロールするのだが、届けているさきは少し裏側のチャンネルのようなそんな感じだ。

視点はどこかのなにもない場所にばっちり合う。前後左右どれなのかわからない。人の網膜に視点があうわけではない。

それぞれの物体のもつテリトリーが溶け合っていく。

その時間帯にしたことはおぼろげに覚えているが、まるで睡眠中か、酒に酔ったかのような断片的な記憶しかなく、確かに思い出せるのはその場の雰囲気だ。

空気の匂いや雰囲気の肌触りが強い記憶に残り、言語や風景は匂いや肌触りをインデックスとしてぶら下がっている。

空間をねりねり練り込む。あらがえない力、自分も周りも問答無用にひきずりこむ。

そこにはいまもっとも存在すべき感覚が、音が内側から飛び出す。眠っていた獅子を起こすかのような、重力を操るかのような遊びだ。