自己全否定

人間は単純反応する生き物なのかもしれない。

選択は常にそれ以前の選択によって制限される。

例えば自宅から駅までのルートは駅徒歩1分であっても100通りくらいの可能性があり、歩道の中心を歩くか脇を歩くかでもかなりのレパートリーがあるが、多くの場合は同じ道を選択しているだろう。

一度賃貸物件を成約してしまうと、よほどのことがない限り毎日同じ家に帰ることになる。

行動、習慣、契約によって、今日、明日、一年後、自分がなにをしているかはおよそ決まってしまう。

 

ライフスタイルにより、すべてのアイデアは制限されているかもしれない。日本語しか話せない人は、世界の70分の1以下にアイデアが制限されている可能性が高い。

すべての結果は、それ以前に行われた動作によって制限されるということは、

 

人生における最も重要な決断が、実は奴隷のように従属した思考の中で決断されると思うと恐ろしい。

 

よりよい選択をするためにはバイアスを排するライフスタイルを心がけ、過去を全否定する必要がある。

自分自身はこの世の中のことをまったくもって何も理解しておらず、すべての選択は先行する選択によりバイアスがかかっており、誤りである。

 

どんなに自己否定したって、動かざるアイデンティティはそこに残る。どうにも本能的に体が動いてしまうことはある。そうなるまで自己否定を続ける。

一瞬一瞬、最適な選択肢は変わって当然であるため、常に前提をリセットする必要がある。

ただ単に毎回違う選択をすればよいというわけでもない。変えるべきものは意図的に変え、変えざるべきものは意図的に変えない。

世の中では自己肯定が勧められるが、完全なる自己否定こそ、最も自分にとって好ましい選択を一瞬一瞬で実行するための必要条件かもしれない。