スクランブル交差点の極み

人と人が押し合いへし合い、微妙な間隔を保ちながらその姿を形作るスクランブル交差点。

それはあたかも社会の縮図のようだ。

油断するとぶつかりそうになる。

しかし、

意外と方向転換する人があまりいないことに気づくと見え方が変わる。人は一度行動を取ると、だいたい同じ方向に進む習性がある。

だいたい皆、同じ方向に進む。

方向転換する人はその兆候を0.1秒前くらいに発するのでそのタイミングを読めば避けることができる。

向かい合い、5m圏内くらいで方向性が衝突すると人は体をこわばらせ、警戒し始める。

方向性が衝突してからぶつかるまで1秒くらいの間があり、だいたいの人は避ける。ぶつかるギリギリまで避けない人がいれば手前で自分から避ければよい。

行き交う人の筋肉の音を聞き、呼吸音を肌で感じ、その意思を嗅覚で捉える。

人で溢れかえったスクランブル交差点も、瞬間的な観察により、道ができる。それはまっすぐではないものの、連続的であり、歩みを止めずに歩きつづける道ができる。

時には50m先くらいまでまっすぐに道が開くこともある。

流れを読み、

間合いを読む。

 

肩肘をはってぶつかる必要はない。

ただ全身の力を抜き、流れを読むことに集中する。

集中するというよりは分散する。視野を全方位に拡大する。

流れが読めさえすればあとは体をそこに倒していくだけだ。重力を使いこなして絶妙な緩急をつける。

大きな流れは一つ一つの小さな流れによって成り立っていることに気づけば、そこに道が生まれる。

タイミングを感じ取り、スクランブル交差点の雑踏が味のある遊びになる。